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10年

2010年 3月 会社を退職
      4月 現在地へ転入
      7月 浜松市緊急雇用対策事業で山仕事に就く
     12月 雇用期間の終了
2011年 3月 東日本大震災
         木材加工場や測量のアルバイト
      4月 浜松市緊急雇用対策事業で山仕事に就く
     10月 雇用期間の終了
2012年 2月 資格取得のためクレーン学校に通う       
      4月 農作業に就職するも試用期間を待たず退職し
         職業訓練校に通う
      9月 通学と同時に大型免許取得。丸太運搬の職に就く。
     11月 3ヶ月の試用期間中に積み荷の丸太の上から転落し入院。
     12月 丸太運搬の仕事を辞める。
2013年    脳内出血の経過観察のため自宅静養。
     12月 退院から一年経過。異常なしと診断。
2014年 5月 リハビリをかねてアルバイト開始
2015年 7月 ぎっくり腰で欠勤、失職。
     10月 呼びかけに応じバイト再開(2週間)。
2016年 1月 音信不通の母の死を知る。
         就活再開、現在の職場で正規雇用される。
2020年 3月 なんとか働き続けて現在に至る。

10年ひと昔といいますが、この地に移転してきて早10年経ちました。
緊急雇用対策というのはリーマンショックで職を失ったブラジル人の救済のため
2009年度から始まったようですが私がここへ来た2010年度は日本人の
失業者も救済の対象になったようです。
街のビジネスマンたちが「とんでもないことになった。」と
大騒ぎしているのをみても危機感を持たず、自分の中でだけ苦しんで会社を辞めてしまい
潰しの効かない自分が仕事ができると錯覚していた夢からさめた10年でした。

過去の記事を見ると「木が育たない」と嘆いていたうちの山は
木がないなりに輝いていたし、職がなくてぶらぶらしていた自分も
時として見るに耐えない箇所はあるにしてもプー太郎なりに充実して
幸せだったように見えます。少なくともここへ移り住む以前よりは。

うちの山を育てるための技術が身につくような仕事に就こうという目論見は
全部外れて、取った資格も技量の伴わないペーパーライセンスに終わりました。

森の生活の作者H.D.ソーローはお金がないときは職人としてあるいは
鉛筆工場で働き、自分で住む小屋を作って、豆畑で育てたものを売り
2年で「森の生活」を卒業していった(収支については多少フィクションあり)のですが、
自分は森に移り住んでも小屋一つ立てられず自活さえいまだ心もとないのです。

ただ、山については「自分の好きなようにやればいい。」といってくれたおばちゃん
の言葉でふっきれたし、この先にまだ10年があると思い、これからの予定を
夢見ていきたいと思っています。

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車中泊準備

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寝て起きて働いて週末に自分のことををするの繰り返し。
それがことしはあと1回になって、最終日の忘年会。
できればお酒を飲まずに帰りたいけど
ご好意で従業員の休憩室に泊まらせていただけるので
(ほかの方々はお店の送迎バスで帰れる距離)
あんまり付き合いを悪くすることもない。
朝4時から
うち同様にゴミ屋敷化しつつあるシロコ号を片付けて
ありったけの布団を詰め込む。
休憩室に布団を運び込むよりも車中泊のほうが楽かもしれない。

奮い立つ

さあ、今日いちにちがんばれば週末だ。
疲労が麻痺して恍惚にかわるまではたらくぞ。

やっぱりあれが春埜山(はるのさん)だ。

路肩決壊による全面通行止めになって2週間が経ちました。
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山の尾根を行く迂回路を通るといちしんふたばのへぼ運転では
15分余計にかかります。距離にして2kmほどしか差はないのですが。
ガソリン代は一日100円のアップになり、毎日のことだから負担に思えてきます。
DCF00438.jpg
それでも景観は杉川沿いの道とは違った爽快感があり
いままで稜線近くまで登るこの道はガソリンを喰うからと
敬遠していたのですが、たまにドライブするなら100円出しても
いいかと思えます。
とくに春埜山の山容がわかったのは良かった。
DCF00439.jpg
対面の尾根に2つの集落が見えるので
goolemapで位置関係を確認してみました。
sugimine2.jpg
sugimine3.jpg
目印となる三叉路から見れば
ちょうど右の集落と軸線が一致するはずです。
DCF00446.jpg
三叉路まで行って車を降りてみました。
うん、これだな。
こんど向こうの尾根から春埜山を見てみようかな。

雌伏

今の仕事に就けたのは
母が最後に与えてくれたチャンスだったと思う。
入って間もない頃
晩御飯を作る元気もなくて外食を続けていたが、
いつのまにか自炊生活に戻った。
この秋の配置換えで、また生活のリズムが変わり
ちょっとまた外食に軸足を移す。

値上がりした食べ放題の代わりに
「持ち帰りなら2枚目0円」と書かれたピザ屋に入る。
一枚の値段が、食べ放題の店より高いので、やめて
結局食べ放題に行く。

車は修理から帰ってこない。
台車のラジオは良く入る。
肉体労働の仕事は体力回復に半日が要る。
といっている。
しばらくはその日の疲れが取れるよう
自分を休ませることに努める。

コンビニじゃないお弁当屋も見つけるが
思いっきり食べ放題したほうが、
朝、栄養が行き届いたようで寝覚めが良かった。

リアルはかっこわるい

自分はなにもやってもへっぽこだ。
それはよくわかった。

年収1000万の人が
年収300万に下がるレベルで
(あ、これは自分のことではありません、
たとえばのつもりで書いたのですが
誤解されたみたいで、実際はこんなにありません。)

収入が減った今、自分のスキルから考えれば
転職前はまさに「濡れ手に粟」な暮らしだった。

部屋を汚したくなければ
食事も娯楽も洗濯も外で済ませる。

知らないうちにマイルがたまって
ほしいものと交換できる。

それでも、リアルに生きている気がしなかった。
本当に自分のやりたいことを自分の力でやっているか?
会社のために苦労するのではなく
自分のために苦労したい。
誰かのために悲しむんじゃなくて
自分のために悲しみたい。

自分のためにやっておきる感情なら
つらいことでも許容できる・・・でも

自分が求めたリアルは
ふたを開いてみるとかっこいいものではなかった。

でもそれこそがリアルなんだ。
まさに自分が望んだとおりなのだ。

今朝も雨

特別な才能がなくてもできる賃金労働、
そんな楽な仕事なんてない。

ソローには実家の鉛筆製造という稼業があって
それを手伝えば現金収入は得られたけど、
父親に代わって経営のサポートもすることになるから
単純労働で済んだわけない。
いとも簡単にやれたように書いている大工仕事だって
へっぽこな自分には無理だ・・・

それでも、やりたいことのために
単純な仕事で現金収入を得て、
稼ぐよりも使うほうがずっと少なくて
簡素で質素な生活をしながら
精神だけは高いところを望む―

そんなライフスタイルにあこがれたのだから
凡人のくせに必死で仕事にしがみく気持ちが足りない・・・

才能のないものがそういう考えを持つことは
致命的かもしれない。そうとわかっても
自分の人生は
まだ誰にも試みられていない実験だと、
この実験を続けるのか。

でも今の最大の課題は
雨の間にごみ屋敷化している我が家を救出すること。

虚構

作家は評論家の解説ではなく
作品そのものによって評価されるべきだと
どこかで読んで、ずっとそうだと思っていた。

 でも作品そのものを鵜呑みにして
それを一生の指針にしていたとして、
作品そのものに落とし穴があったとしたら・・・

宮沢賢治の信仰したのは「日蓮宗」なのか法華経なのか
その経典は何なのか探してwikipediaを見ていて、
別のところに目が行った。彼は自分の畑で採れたもので
自給自足していたわけではなく、
楽器もレコードも親のお金で手に入れていたと・・・
農作物を盗まれても怒らなかったというのは
獣害があって怒るに怒れないのと似ている。

学生のときに買って一度も読まずにいたソローの
解説本「生きるソロー(重松勉ほか/金星堂)」を
読んでみた。その本によるとソローが無肥料で育てた
豆畑だけで自活したという収支報告も精査すると
虚構性があるらしい。
イーストをいれないとうもろこしの粉のパンを焼いていたはずが
実は村からイーストを取り寄せ、実家や友人宅で外食し
たまった洗濯物も預けて行ったとある・・・

特別な才能や資産がない限り
田舎暮らしでも
賃金労働しないと生きてゆけない。
でも特別の才能のある彼らでも
完璧に自活していたのではなかった。

とはいえソローは6週間の労働で一年暮らせた。
自分はといえば毎日働いても赤字の場合もある。
自分の中に貧乏神がいるのだろう。
国家の中にも貧乏神がいるのだろう・・・
働かざるもの食うべからず。そう語るのは
自分か?誰か?

ジョハリの4つの窓 2

ジョハリの4つの窓とは
人のパーソナリティーにある4つの側面。

①「開かれた窓」
自分も他者も知っている領域。
     
②「隠された窓」
自分だけが知っている領域。
      
③「盲目の窓」
自分は気づかず他人に知られている領域。

④「暗い窓」
他人も自分も知らない領域。


自分にとってはとてもつらい事だけれど
③「盲目の窓」 には
あえて自分が見たくなかった、
気づきたくなかった自分の欠点が多く含まれている。

はっきりしたのは、
はっきり自覚しなくてはならないことは、
「自分は仕事ができない。」ということ。
その自覚がなかったから、
こんなはずじゃない。と転職に挑戦してしまった。

このことがはっきりして
そのひとつの項目がいま③「盲目の窓」から
①「開かれた窓」に移る。
つらい事だけれど
そういう他者の評価を受け入れる覚悟をする。
そこからまた出発するしかない。

元の会社にどうしてもしがみついていたいとは
思わなかったし、やめたことを後悔はしていない。

転職に成功した暁にはカメラを買う、
というのはまだまだ先の話になりそうです。   

ホウノキ

DCF00499_convert_20180524201048.jpg
これも2週間前。
ホウノキ。

暑くなって仕事の汗がたまらなく、
今日から毎日お風呂を沸かすことにしました。

にゅうよーく。

薪集めをサボりすぎている・・・キツイな。
プロフィール

いちしんふたば

Author:いちしんふたば
Iターンで転職も成功!
を夢見たけれど
事は予定どおりに運ばなかった
いちしんふたばの
さて、これからどうする?

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