新版 悪魔の飽食 森村誠一

森村誠一が好きというわけではない。
次々と角川映画がヒットしていた頃から
日本の闇を暴く人という印象はあったが
この悪魔の飽食でヤリ過ぎがあったらしく、
一気に評判が悪くなり、自分の中で
「悪い人」のイメージが定着していた。

毎日きな臭いニュースばかりで
戦争の予感が拭えないから
学校でほとんど習わなかった日本軍の実態を
知っておかなきゃという気持ちになる。

正史的に書かれた本もあれば
歴史の裏側、黒歴史みたいな本もあり
絶賛されるもの酷評されるもの、玉石混交のなかで
消されていくものに却って真実がありそうで
手にとって見た。

新版と言っても「写真誤用」の発覚翌年に全面改訂され
たように覗えその後平成19年で44版を重ねているから
この本は焚書の憂き目には遭っていないのかもしれない。

内容は・・・確かにひどいものだ。

だけどどこか淡々としている。
ひどいけれどただそれだけのような感想。
物足りなくて731部隊の犠牲者の記述をピックアップしてみた。

ハバロフスクの極東軍議裁判における川島被告の証言、
1940ー1945の五年間で人体実験の犠牲者3000人。
元隊員の証言ではもっと多かったとあるので、それと思える
箇所を追う。

人体実験に供せられた捕虜の数 2日に3人 5年間
(365x3÷2x5=2737.5)

捕虜収容施設の不足から 月に20人を殺害 3年程度(?)
(20x12x3=720)

昭和17年(1942)在監2年という古強者の捕虜がいて
通しの識別、が909号だった。
(創設初年度から909人目の被害者がいる。)
捕虜の中には一般人も含まれていたという。

ここまでたどるうちふと思う。
いくら南京で一般人を殺害しなかったと言っても信頼に値しないと。
たとえ南京ではなかったとしてもハルピンにはあった。

なぜ残酷な内容なのに胸に響いてこないのか・・・
そういえばもっとひどい本を以前読んでいたんだ。
気がついて本棚から遠藤周作の「海と毒薬」を探し出す。

断ることもできたはずなのに米兵捕虜の生体解剖の場に
立ち会うことになった医学部助手。後悔しても逆戻りできない
ところに踏み込んでしまった・・・

森村誠一は取材したありのままを731部隊の記録として
まとめたが、難しいところはその悪魔の行為した元隊員を
情報提供者としているから事実以上のもの、後悔とか
良心の呵責などを引き出すことはできないし、反省を促すものでもない。
取材者が元隊員の心に踏み込む権限はない。

海と毒薬にはそれがあるけれどノンフィクションではない。

だから事実から何を読み取るかは読者次第なのだろう。
自分が注目したいのは731部隊には少年見習技術員がいたこと。
そして殺されないまでも凍傷実験や細菌散布の標的としての
人体実験に供せられたこと。
敵国人を人として扱わないということは、
自国民をも敵味方関係なく犠牲にできるということだろう。

だからこそ人体実験のデータは隊員の助命と引き換えに
やすやすと旧敵国の手に渡すことができたのだろう。
殺人兵器を作ることはひどいが、本当にお国のために
やっていたのならそれを平気で敵に渡せるのか?

松本サリン事件、薬害エイズ事件、戦争がなくても
身近なところに大量殺人のできる物質が潜んでいる。
「核」でなくてもあらゆる危険に日常が脅かされている気がする。

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ぐだぐだ日記

またむかしの会社にいる夢を見ました。

関西のどこかの都市に出張しています。
用件が終わったか、これから出向くのか
乗っているバスの中でホテルに戻らなくてはならないと思った時、
そのホテルも、今いる場所もまったくわからなくなっています。
必死でなにか探していますが何の手がかりもありません。

(なにかおかしいぞ)
(もしかして・・・)
と思ったら目が覚めました。

そしたらまた眠ってしまいました。

さっきいの続きか別の話か
背の高いビルにいます。
ホテルのようでもあります。
エレベーターに乗ったり、さまよっているうち
最上階に近い展望のいい階に出ます。
会社員の団体さんがお昼を食べています。
うなぎ弁当です。
自分の目の前に手付かずのうなぎ弁当があります。
その席の主は出発時間になっても帰ってきません。
お腹が空いていました。
たまらなくなってひとくち食べました。
食べてから正直に話そうと思い
責任者らしき人に謝って弁償しますから
残りを食べさせてくださいというと
○○くんがいなくなったと大騒ぎです。
その○○というのが自分の名前なのです。
そしていなくなった証拠だと食べかけのうなぎ弁当を
持って行かれます。「弁償しますから」というと
「あたりまえだ」といわれ、しかもうなぎ弁当は
持って行かれてしまいました。

それで目が覚めました。

今日はブックオフで買った和田竜という人の
「村上海賊の娘」第一巻を読んでしまいました。
108円ではなく360円しました。
例によってってやることはいっぱいあるのにです。
この人は映画化された「のぼうの城」の作者だそうです。

以前尾道から眺めたしまなみ海道の島々。
あれらが海賊の根拠地だったのか・・・


が自分はその映画は見ていません。

刷り込み

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同級生のミッチンがヤマトがかっこいいとさんざんぼくに吹き込み、
日本海軍の大和のプラモを買うと言い、たしかに軍艦はかっこいいので、
母にねだると母は重い口調で「戦争のことを思い出すから大和は嫌い。」と
語りました。再放送でヤマトを知り、親友と思っていたコーちゃんが
卒業式のあとで宮川泰の交響曲ヤマトを録音したテープをくれて、
寝ても醒めてもヤマトばっかり聞くほどのファンでしたが、
続編の内容を知って残念でした。
反物質の女性テレサの力だけでも倒せる敵
無駄死の特攻にほだされたテレサが道連れになって
はじめて敵を倒せるという話。
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ウルトラマンはいいのです。
死ぬとわかっていたわけではない。
たまたま相手が強かったので
怪獣退治という任務中の殉職なのです。
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いままでどんな敵にも打ち勝ってきた仮面ライダー。
核爆弾を内蔵しているとはいえ、どうしてこんな
くだらない怪人の自爆の道連れにならなきゃならないのか。
raiidaman.jpg
ライダーマンもそうです。
ミサイルを安全な場所で爆発させるため
自らが操縦して自爆します。
「君は英雄だ、君に仮面ライダー4号の名を送るぞ。」という
主人公V3のセリフが偽善に感じてなりませんでした。
(最終回の見せ場は俺だけのものだぞ)という気持ちが
見え見えでした。
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アトム。
心優しい科学の子がどうして自爆しなくてはならないのか。

平和のために命を捨てるというのはウケるのでしょうか?
それとも戦時中と同じ洗脳が戦後も続いているのでしょうか。
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八郎は巨大な津波に対し男鹿半島を投げつけて戦いますが
それ以上の津波が来てついに自分が津波に特攻して八郎潟になります。
八郎は泣いている子どもを守るため自らが犠牲になります。
小学校の授業で使われた教材です。
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オアシスのみんなを守るためライオンと戦って
片足になったエルフはみんなから忘れられてゆきます。
そこへ今度は黒豹が現れエルフは片足でみんなを守り
やがて死んで木になります。
傷痍軍人のようなエルフがそれでも戦ったのは
みんなから認められたかったから?
でも無理をして戦ったに違いありません。
これも小学校の教材です。

宮沢賢治のグスコーブドリの伝記

グスコーブドリは冷害による凶作を回避するため
温室効果による気温上昇を期待して火山を爆発させます。
それを成功させるには最後の一人は火山島に残らなくてはならない。
ブドリはその役を買って出て命と引き換えに
凶作に見舞われたかもしれない人々を救います。
今CO2による地球温暖化は目の敵にされていますが
賢治はそれを冷害を防ぐために使えないかと考えます。
(昨今、火山が頻繁に噴火しますが、その影響は観測されているのでしょうか。)
賢治の描いたヒーロー。
でも、みんなのために死ななくてはならないシチュエーションは
自己犠牲を描くために作られたものに思えます。
賢治は決して他人に犠牲は求めないと思いますが、
「あたらしいクリストは千人でも足りないから万人でも足りないから」と
詩の中で妹に語らせていますし、意図したかはわかりませんが
童話を通して語りかける同士にはそれを求めたかもしれません。

では、特攻は戦前からの日本人の美意識なのでしょうか。







3・4・5のように

「あしゅらおう、オマエノ属スル宇宙ハ、無限ノヒロガリヲ持ツ球ノ内部ノ
ヨウナモノダトオマエハ考エテイルヨウダガ、ソレハソレデヨシ。
ソレデハソノ外側ハドウダ?コノ宇宙ノヒロガリノソトハドウナッテイルノダ?・・・」
             (光瀬龍;百億の昼と千億の夜)

むかし、ホーキング博士の宇宙論を易しく書いた本を読みました。
おぼろげにしか思い出せませんが乱暴に言うとこんなことでした。

今の宇宙は膨張を続けているが、やがて膨張が止まり収縮が始まる。
どんどん宇宙は小さくなって物質はエネルギーに戻ってゆく、
やがて無限小になって消えるのかというとそうではなくて
「特異点」という状態になる。
(なにが特異だったか忘れた。物理の法則が通用しないだったような気がする。)
時間の経過は物質の運動があってこそ計ることができるもので
すべてのものが止まってしまえば過去も未来もない、
時間の流れはなくなるのだけれども、
特異点の先の時間はどうなるのかを計算すると、
その解は虚数になり、虚数世界で新しい時間が始まる。
虚数世界で新しいビッグバンが起こるのだと。
虚時間といってもこちらの宇宙と
なんらかわりはなく逆に向こうから見ればこちらが虚数軸の
時間にいるだけのことだとか・・・
そして虚時間での宇宙が終わるとまたこっちの時間軸に
ビッグバンが起こるのだとか・・・

天才科学者に大変失礼だけれど、
それを読んだとき自分は
(もう、どうでもいいや)と思ったのです。

虚数の時間軸に新しい宇宙が誕生しても
自分の人生には関係ない。
天才科学者の考える方程式が解けない凡人は
宇宙のことを自分で理解する資質もないなら
いっそのこと
星は神様の子分が天から糸で吊り下げてるとか
考えていたほうが楽しい・・・
実際ホーキング博士の宇宙論がない時代にも
人は自分で人生を考え、何の支障もなく生きてこれた。
宇宙の真理を教えられたら幸せになれるかというと、
多分幸せは自分の心の問題。

天才科学者からこれが宇宙論ですと与えられて
ハイそうですかとありがたがるのは
神話に書かれた宇宙の始まりを信じることと
大して違わない。

今の時代に天動説を唱えても馬鹿と言われるだけで
逮捕されるわけではない。ならば自分で宇宙の神話を考えたって
それはその人の心の中の自由だ。

ピタゴラスの定理を知らなくても
3:4:5の辺を持つ三角形で直角が作れることを知るように
もっと直感的に宇宙を知る方法はないものか・・・





別れの予感 森瑤子

ある日ブックオフで
たまたま 名前に「森」がある辺りに立っていて
読んでもいい気がする本を物色していた。
「星界の紋章」の作者・・・
「人間の証明」の作者・・・
スプーン曲げでTVに出た職業超能力者の本・・・
は立ち読みしてやめにした、

自分の理解を超えた世界を垣間見るといえば聞こえはいいが、
単に避けて通りたいだけかもしれない、恋愛の修羅場、
不倫、女性・・・のこと
でも
「透明な蒼さを湛えた暮色の中を・・・」とか
「遥かなる宇宙の草原から吹きこんでくる、五月の風。」とか
すっと目の中に入ってくる文字があってお買い上げしました108円。

・・・人との出会いや恋愛の目くるめく過程より、
その別れに興味がある。・・・
あるいは
・・・私は出逢いよりも別れが好きである・・・
なんて
恋愛に事欠かない人に違いない、しかも家庭がありながら大したものだ。

未婚歴50年以上の自分にとって
失恋のダメージは恐るべきエネルギーの損失だから
もう避けて通りたいものの代表格。

読んでみて反感を覚える箇所もあるが、
ソローは
「本というものは、それをつまらないという人ほどにはつまらなくはない。」
と言っていたし
魏志倭人伝を解読するくらいに真剣に読めば
なにか見えてくるかもしれないと繰り返して読む。

言われてみてわからなくもない。
「一見やさしそうな男たちがゴマンといて、
このなかから猫なで声で迫る狼たちを確実に除外
していかなくてはならないのだ。
大学は出たけれど、読んだのは教科書と少年マンガと
ポルノ雑誌だけみたいな男たちが、それこそ星の数ほどいる。
特に少年マンガに現をぬかしている男には要注意。」
手厳しい。


自分少年マンガもアニメも特撮も大好物。
若い独身男性だったらポルノ雑誌持っていても堪忍してほしいよ・・・。

でも、言われれていること思い当たることもある。
「こういう男の妻になった女こそ悲劇である、
何事についても自分が一番大事、自己の快楽優先であるから云々」

何かの心理テストだろうか
「峰不二子と森雪とどちらが好きか?」と聞かれたことがあって
2作め以降の不二子はスタイルが誇張されすぎて気持ち悪かったし、
では雪は?というと
ときどぎある露出シーンに子どもながら胸ときめいたことはあったけど
今思えば 性格がない。(松本零士の漫画はみんなそう)
欲望の対象ではあっても 人間として、女性としての心や人格が
ほとんどわからない。これも気持ち悪い。

たしかにそういうものにうつつを抜かしていたのでは良くない。
でも子供の頃からそういうものが周囲に溢れかえっていた。

女性のほうが優れた感性を持っているというのも思い当たる。
また話がSFまんがになってしまうけど、
大半のスペースオペラが西部劇や世界大戦の舞台を
宇宙に移し替えただけなのに
(スターウォーズですら延々と続く宇宙チャンバラに飽きて映画館で寝てしまった)
竹宮恵子の「地球へ」とか
佐々木淳子の「那由他」や「ブレーメン5」はちゃんとしたSFで
愛読していた。

もしかしたら自分たちは幼少から
おぞましい世界にいたかもしれない。
昔話しか物語のなかった時代から
一気にアニメ漫画特撮漬けにされる時代に変わって
それに内包される意図に気づかず大人になった。
それが未婚歴50年の原因だとは言わないけれど・・・



摩尼宝楼閣一切瑜伽瑜祇経

光瀬龍の百億の昼と千億の夜に
悉達多太子と阿修羅王の会見するくだりが
「摩尼宝楼閣一切瑜伽瑜祇経巻三十二に記されてある」
とあるのですがネットで検索するとそのような経典の情報はなく、
私より先に検索した方が
・・・いまだ不詳なので、創作かもしれません・・・
とコメントされているのを見受けるばかりです。

年末に萩尾望都原画展のチラシを見たのと
キャプテン・ウルトラ主題歌の動画クレジットに
光瀬龍の名前を見つけたので
つい、そのハヤカワ文庫を神保町で定価より高く買ったのですが、
読んで気分が悪くなり、昭和SFの懐かしさに浸ることもできず、
代表作にまでケチをつけたい心境になりました。

ストーリーはSFなので破天荒は許容範囲ですが
著者が架空の経典を引き合いにして注釈をつけていたとは
いかがなものかと思います。

本当は作品中、破滅を引き起こすものの存在を
暗示するメッセージが消されてゆくとあるように、
この人の本も
静かな焚書の憂き目に遭っているのではないかと
心配して古本を買いに行ったのに。

♪月も火星もはるかに超えて〜♪と
昭和のSF特撮では歌われていたのに
2001年になっても
2010年も
2015年になっても人類は
火星はおろか月すら超えることはありません。

宇宙戦艦も
タイムマシンも
サイコキネシスも
飛べなくなったピーターパンには
実現性の乏しいものと気づかれてしまいました。





似た短編

白石一郎の幻島記、図書館の古本交換で得たもの、が面白くて
その後長編「航海者」短篇集「玄界灘」と読んでみたら
面白くなかった。

ご近所に不幸があって今日は仕事を休んで手伝いに。
出棺後、ご一同が戻られるまでの間が長いので
神保町で買ったレイブラッド・ベリの短篇集を読んでいた。

2人の宇宙飛行士が火星で一万年前の女性の死体を見つける。
その女性をみて一人は自分の恋人に似ているといい、もう一人が
いや、ちがう自分の恋人に似ているのだと思う。

それと全く同じような話が白石一郎の短編にあった。
ただ火星が上海、火星人の女が中国人遊女に入れ替わっただけ。

「航海者」がなんとなく遠藤周作の「沈黙」とくらべてぬるいと、
つい比較してしまったほど、どこがとは言い難いが似ている印象を受けた。

魏誌韓伝

9:25霊園を出た。
帰りのバスで考える。
残存思念を求めて弘明寺に行くか
古本を探しに神保町に行くか

過去に縛られ自分を苛むより
先を見よう、そのまま電車で東京に向かう。

昔、神保町から秋葉原までよく歩いたから
そのままJRで先に秋葉原に寄ってみた。
なにかほしい物がありそうな気がしていたのに
昔ほど貪欲に歩きまわる気が起きない。
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ガシャポンをしただけで次いってみようー

でもまた考える。
今月はこの旅行代でピンチだし
まず品川図書館でどんな本があるのか当たりをつけて
気に入ったら通販ででも買えばいいと。

旅には一冊の文庫本。
ボロボロになった岩波の魏志倭人伝。

狗邪韓国から海をわたって1000里に対海国、
さらに1000里の海を隔てて一大国がある。
2国共に大官の卑狗、副官の卑奴母離という名が記録されている。
1000里先では通り越してしまうのだが、
解釈通り対海国=対馬、一大国=壱岐だとして、
本土側の奴国、不弥国にも卑奴母離がいて
女王国連合に敵対する狗奴国の王は狗古智卑狗という。

同じ名前があるということは同じ種族なんだろう。
記述通り対馬も壱岐にも倭人が住んでいたのだろう。
三国志に記された倭国以外の国々はどんなで、
どんな名前が出てくるのだろうか
できれば漢文と読み下し文が対比されている本はないか
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図書館は新馬場だったのに明日の宿のある北品川で降りてしまう。
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でもいいや、
本当に自分は品川の街が好きだった・・・
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図書館で早速蔵書検索をする。
三国志に関する本は
陳寿の編した正史よりも
三国志演義のほうがはるかに多い。
キーワードを「正史 三国志」に変えても埒が明かず
司書の方に相談する。
親切な方で書庫から陳舜臣の正史三国志八巻本を
出して頂いた。せっかくだったが内容は三国志の武将に関する
部分のみで辺境のことは割愛されていた。

この調子では神保町でも骨折りだったかもしれない。
図書館のPCを借りる。司書のお兄さん、
「お役に立てなくてすいません」なんて丁寧にPCの受付を
してくれる。

あや〜、
倭人伝以外の東夷は
魏書の30巻に収められていると知る。
その箇所を魏誌韓伝としている記事もあり
ネット上に原文も翻訳文も上がっている。

いかに検索するかでほしいものはネットから
取るほうが早いんだ・・・でも紙の本で見たかったから残念。
2018.01.27

帯方郡ー狗邪韓国間70里

2年前の11月、
母の危篤も知らず邪馬壹国を探す旅をしていました。
ふと、倭人伝の続きをぼんやり考えていました。

朝鮮半島の帯方郡から倭国まで一万二千里というのは
桁外れに遠い距離なので三国志が書かれた時代だけ
他の時代と異なる「里」を用いたという人があり、
その人の批判をするつもりはないのですが、これは
魏誌以外の三国志をもっと知る必要があると思いました。

たまたま漢籍完訳プロジェクトというサイト(リンクフリー)の
諸葛孔明のところを見ていましたら
漢晉春秋からの引用で孔明は「襄陽の西20里の隆中に住んでいた。」
とあり早速googlemapで襄陽ー隆中の直線距離を計ると65kmでした。
漢和辞典で調べた魏晉時代の1里は4.3kmで20里は86kmなので
帯方ー倭国間ほど桁外れな違いはありません。一例見ただけですが
古田武彦さんは三国志の記事から始点と終点のわかる距離すべて
をあたって、「短里」が用いられていることを確認したそうですが、
超有名人物である孔明の「三顧の礼」の舞台が通常の「里」で表記されていますから
一件だけでも古田短里説は崩れてしまいます。
おかしいのは1万2千里の「里」のほうではなく「1万2千」の方ではないかと
思えてきました。

岩波に付録された「魏略」逸文は「狗邪韓国まで7千里」のところと
「東南5百里で伊都国に着く」のところで筆者による文字の訂正をしたと注意書きがあり、
太宰府天満宮の蔵書「翰苑」の原文に「魏略」の逸文が収録されているので
是非それを見たいと思い調べると「翰苑」のレプリカが10万円で販売されていました。

この10万円の価値って一体何なんだろう。
仕方がないので別のサイトを調べてみますと
「到拘耶韓国七十餘里」と「東南五東里 到伊都國」でした。
(出典;倭国と日本国の関係史)
7千が7十、5百が5東。翰苑は誤字脱字が多く鵜呑みにできないと
あるのですが、魏誌の1万2千自体が当てにならないので
試しにソウループサンの直線距離を計ってみました。
Screenshot from 2017-12-02 13:16:31

約300km。
70里x4.3≒300km。

魏使が沿岸を海路で来たか陸路を来たかはさておいても
7000里よりはよほどまともな数字に思えます。
では3回海を渡るそれぞれ千里も十里の間違いでは・・・
「千」の文字と「十」の文字の違いか・・・
しかし魏志倭人伝をよく読もうと思ったのも
邪馬「臺」国か邪馬「壹」国かの文字の違い。
一方は間違いで一方はそうでないなんて手前味噌だ。

それでも魏略(翰苑)の70里は間違いで片付けたくない数字です。

試しに1万2千里を120里で置き換え、
(1万2千余里なので130里)560kmを地図上に落とすと
Screenshot from 2017-12-02 16:13:28
ぎりぎり九州北岸にたどり着きそうです。
    
が、(以下12月9日追補)

残念ながら「翰苑」のその先を見てゆくと
魏略いわく、として
帯方郡から女王国まで(やはり)1万2千里と記されていました。


魏志倭人伝は「魏略」その他の文献を参考にして書かれたと思われます。
しかし編者は現地踏査してはいません。行っていればもっと近いことに気がつくはずですが、
そうではない。1万2千里などと聞けば行ってみる気すら起きないでしょう。
また、倭国への渡航者、例えば張政などと会合して聞き取りをしたとも思えません。
あくまでも文献の中からふさわしいと思われるものを選択しただけで
記事の裏は取られていない。

元になった魏略のソウループサン間が70里というのは
魏の役人で倭国まで渡った人は稀でもプサンまでなら
もう少し人数はありそうで、陸続きであれば倭国より
情報は多いはずだろうから妥当な数字が収まったのかと思いましたが
書写の時に七千里を七十里に書き間違えただけかもしれません。

そして倭人伝は魏略から70里という語を拾わなかった。

これまで魏志倭人伝の卑弥呼の国は
九州説とか近畿説があってそのどちらかが正しいのだと
思い込んでいました。でも書かれていることを素直に読めば
1万2千里先は九州も近畿も通り越した遥か洋上になり、
たまたま魏略の70里で気がついたのは、
倭人伝に書かれている国が日本に在ったとするならは
その距離を示した道里には100倍い狂いがあるということです。


張政

昔の岩波文庫には「邪馬壱国は邪馬台国の誤り」との注釈があって、
何を根拠に原文が誤りだと決めつけられるのかと思った。
では書かれていることが全て正しいかといえば、どこかが矛盾している気がする。
だからといってこの部分はこう変えるべきだなどとは言えない。
矛盾する2文のどちらが誤だと指摘はできない。
下手に直せばほころびは広がるばかりだ。
ひとつ嘘を付けば嘘をつき通さなくてはならない。

今までは解釈だけでやってきた。
原文を訂正しても良いとなれば考え方は千差万別
原文とは似ても似つかぬ、原文の精神を失ったものになる可能性がある。
せいぜい矛盾を示して原因を探るに留め、そっとしておこう。
でないとそこに新たな瓜生島を作ってしまうことになる。

難升米が魏の皇帝に拝謁して帰ってきた。
卒善中郎将の銀印をもらい見聞を広めて帰ってきた。
帯方郡から使者梯儁が来て女王に詔書と破格の賜り物をもたらした。
お礼の手紙は帰国する魏の使者に託した。
三年後、使者を2名から8名に増やしてまた朝貢に行った。
行った掖邪狗らも卒善中郎将の銀印をもらった。
(賜り物はくだされなかったのか、書かれていない。)
二年後、魏の皇帝からの詔が出て黄幢(魏の軍旗)が
難升米あてに帯方郡に預けられた。
その二年後帯方郡の使者、張政が来て難升米に
詔書と黄幢を授けた。

張政が使者として来たのは、
倭の女王・卑弥呼と狗奴国の王・卑弥弓呼が交戦状態にあり、
倭の使者・載斯烏越が帯方郡の太守・王頎にそのことを訴え、
王頎が派遣したことによる。

軍旗は2年前から用意されていた。
軍旗は戦のためのものだから、狗奴国との戦いはすでに
陳情されていたと思える。皇帝の詔書が女王ではなく難升米に
賜われるのはやはり不自然に思える。手紙の返事は手紙をくれ
た人に宛てて書くのが普通だ。掖邪狗ら2度目の使者は
卒善中郎将・難升米の名前で書かれた上奏文を携えて行った
詔書はそれに対する返事ではないだろうか。

偶然にしてはタイミングが悪すぎる(あるいは良すぎる)ことに
張政が倭国に来ている時に卑弥呼が死ぬ。
梯儁は卑弥呼に拝仮(岩波訳では仮に授ける)したとあるが、
張政は難升米に拝仮しても卑弥呼に拝謁したとは書いてない。
張政は卑弥呼を見ていないかもしれない。

その後の出来事を張政は、すべて目撃している。
卑弥呼の墓が作られ、その径が100余歩であることも張政一行が確認した。
奴婢100人が殉死させられたのも、
新たに男王を立てたが国中が従わず内乱がおきたことも、
そのなかで1000人余りが粛正されたのも、
卑弥呼と血縁にある13歳の少女壱与が女王にかつがれるのも。

このとき張政は、檄(ふれぶみ)を出して壱与に告諭したとあるから
卑弥呼には会えなかったかもしれないが壱与には会っている。
難升米には詔書を携えてきたけれども、新女王に与えるものがない。
張政の権限で出せるレベルの行政文書「檄」で処理するのがやっとだろう。

張政が檄をもって告諭するのは魏が女王を権威付ける一種のセレモニーで、
万民に知らしめたほうが良いはずなので壱与に対してはおこなっている。
魏の使者が拝謁できないほど卑弥呼は尊大だったのか、
使者ならば公式に王に面会できる立場のはずだ。
王になってよリ卑弥呼を見たものは少ないというのだから
7年前に梯儁が金印など賜り物を持ってきた時も
居城でひっそり面会したかもしれないが
卑弥呼は公式の場に姿を表さなかったのだろう。
張政は、卑弥呼あての詔書を持っていなかったから会見理由がなかったか。
ではなぜ女王の頭越しに書簡のやりとりがあったのか。
張政が来た時、卑弥呼は病床にあって面会できる状態ではなかったか、
すでに死んでいたかもしれない。

壱与を王に立てて国がようやく平定したとある。
陳情されていたのは女王国連合対狗奴国戦だったが、
卑弥呼が死んで女王国連合自体が内乱になった。
では狗奴国との戦いはどうなったのだろう。
少なくとも戦がなくなったから張政は、帰国したのだろうが。

帯方郡に帰る張政に付き従い掖邪狗ら20人
の使者が海を渡り、男女30人の奴隷を手土産に洛陽に詣でている。


張政の滞在期間はかなり長かっただろう。
その中のどこかで「水行10日、陸行1月」の時間を費やしたとしても
おかしくないと自分は見ている。途中、停滞もあり休日もあっただろうが、
実際費やした生のデータなのではと思っている。あくまでも日数であって
正味の移動時間だと見る必要はない気がする。

倭と魏の行き来はおよそ2年毎に行われていた。
詔書ですら2年がかりで届き、中央官庁から見れば
現実の6倍の距離「里数」が公文書にあったとしてもわからないほと
時間のかかる旅だったのではないかと思う。編者は魏略や広志に書かれた
「里数」に疑いを持たず用いただけで何の作為もなかったと見るのが
自然ではないだろうか。
プロフィール

いちしんふたば

Author:いちしんふたば
Iターンで転職も成功!
を夢見たけれど
事は予定どおりに運ばなかった
いちしんふたばの
さて、これからどうする?

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