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6mのたいこ、その2

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先週伐った6mの丸太。
欲をかいてもいけないと思い、一本だけ出しました。
例によって、スライドさせながら6mのたいこにします。
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挽いた面を基準にしようにも、
その面が浮いてしまっている。(前回もそうでした。)
丸太の外側を取ればたとえ真直ぐ挽いても曲がることはある。
でも板で考えれば木表側に引かれそうなもの。
さらに裏返してもやはり中央で浮く。
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それは以前からの悩みです。
この連結部で段差にならないように無理無理接合してはいるが、
実は連結部を中心にレールがへの字につながってはいないか?
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たいこが薄くなってくると密着することもあります。
なのでおもりを載せて挽いたこともあります。
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くっ、たいこが芯を通っていない・・・
丸太の両端がレールをはみ出しているから
芯の来る位置も読みにくい・・・
おまけにスライドさせながら挽くので
どうしても板面が泳ぐ・・・
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厚みを60±3mmで我慢して
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たいこが2本出来たところで時間切れ。
続きは連休に持ち越しです。
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まだ咲く

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土曜日は来年に向けてのフェンスを作っていました。
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来週が楽しみな第二テラス
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帯鋸小屋の裏で人知れず咲く八重ヤマブキ。
でも移植した一重のヤマブキは葉っぱが少し出ただけ
すっかり衰えてしまいました。植えた場所が悪かった。

咲いた咲いた

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咲いた咲いた♫
年が明けてから芽の出かかった球根を植えて
ときすでに遅しかと心配したけど咲いてくれました、しかも2つ。
花の咲かない球根も成長していつかは咲くみたい。
このかごはカラスよけでしたが、頭打ちなのでフタを開けています。
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シャガ、白抜きになるので自分の影で半分日陰にして撮りました。
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一瞬きれいな花かと思ったらイタドリでした。
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咲いた!咲いた!ヤブウツギ。
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また別の場所でヤマツツジ
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コバノガマズミ、
地味な花ばかりでもうちの山では主人公です。

ガンダム

You Tubeのガンダムが佳境に入って
第41話を3回も見返してしまいました。

主人公アムロが敵の少女ララアを死なせてしまう、
お互いの精神が交差してわかりあえたかもしれなかったのに

「ガンダム」の世界では人間の中から
「ニュータイプ」と呼ばれる感覚の鋭敏なものが現れる。
「ニュータイプ」同士が出会って垣間見えた、
時間や空間も超えて人と人が理解しあえる世界、
それがララアの死で途切れる。

「取り返しのつかないことをしてしまった。」と涙にくれるアムロ。

もともと自分はガンダムのコアなファンではありませんでした。
でもオタクでネクラなアムロが次第に能力を開花させ、
生き残るための力をつけていくところに共感を覚えたのですが
再放送を飛ばし飛ばし見たくらいで、ちょうど今youtubeで
全話通して見れるのでしっかりみてしまいました。
自分はララアのところをほとんど解っていませんでした。

二人の出会いは恋愛感情とは思えません、
ララアは恩人のシャア大佐が好きなのだし
アムロは以前に一度会った時ララアに一目惚れしたのかも
さだかではない。
「ニュータイプ」同士だから理解し合えたようだが、
以前に戦っているシャリアブルというという
ニュータイプのおっさんとは全く心のふれあいはなかったし
アムロはシャリアブルを倒しても全然平気でした。

たとえ好敵手であってもおっさんだからこれは戦いだ。
相手が死んでも当然だ。と思えたかもしれない
ララアがある意味魅力的で、余程の超越者であったからアムロが
引き込まれたと見るべきなんでしょう。

時代は宇宙世紀で軍隊でも女性が活躍しているのだから
戦争に女の子を巻き込むなとはいえない設定なのでしょうが、
そんなに大事な女性を最前線で戦わせるシャアが悪いと思えます。

以前にアムロが戦っている場面を見たララアはアムロが勝つのを
予知していた。この戦いでもアムロとシャアが戦えばシャアが死ぬと
わかっていて、自分が盾になって死んだ。やっぱりシャアが悪いのです。

自分としてはララアはどうも浮世離れしていて生身の人間とは
思えない。思春期には謎めいた女性に惹かれるのかもしれないが
最初からアムロのことを気遣ってくれていた女の子(フラウ)もいて
その娘のほうがよほど良いじゃないかと思う。
ニュータイプのくせにフラウとか周りの人の気持ちがわからないんだ。
ララアと出会ってからの覚醒なんで仕方がないのかもしれないが。

ララアが死んで気がついた頃には
フラウ・ボウは他の男の子に心が移っていた。
この行ったり来たりはいつか斜め読みしたノルウェイの森みたい。
でもノルウェイの森のほうがガンダムよりあとなんですよね。

SFに出てくる人類の進化形態というのは
2001年宇宙の旅のスターチャイルド、
スターウォーズのジェダイ、
地球(テラ)へのミュウ、
とか、今ではお約束のネタになっています。
昔、携帯電話なんかなかった頃
うちの固定電話がチリチリなって
両親はよく「あっ、お婆ちゃんやな。」とか
「今のは解ったな」なんて言い合っていました。
誰かに会いそうな予感が当たったり、
昔のほうがニュータイプが多かったかもしれません。
だからララアは他のニュータイプとは別格の異能者で
(と言っても他のガンダムもあまり知らないのですが)
進化して得られる力ではなく、もともと備わった
強い個人差みたいなものじゃないかと思います。
架空の能力について正解などないのでしょうが、
結局、「思いやる心」がなければ覚醒はしない気がします。

かしばやしの道

杉林の細い丸太を4本引きずり出したら
もう16時でした。
薪もほしい、フェンスも作りたいが
少し時間がたりなさそう、
なにかもっと「やった感」があることはないか?
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あと少しでかしばやしの道が開ける。
伐った薪材だって新月伐採のほうが
良いんじゃないか?
ウツギの道の上のかしばやしに入りました。
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これは以前ウツギの道側に材を出すのに開いた道。
でももう道には見えません。
今開いているのはこれと直交する道。
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開通です。右手にこちらのヒノキ、
向こうの奥に杉の姿が見えます。
18時を回りました。

去年の新月前に切った杉

たとえ黒芯でも曲がっていても
スギ吉はちゃんと使います。
そのために新月直前を選んで伐りました。
スギ吉はひとまず置いておいて
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杉林に入るに草刈機で刈払いながら進みました。
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去年の10月に伐った杉。
葉枯らしにしてほぼ半年。
6mのたいこの練習用に切り出すことにしました。
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木の先っポの方から6m2本、3m2本を切り取り、
鳶で引きずり出すつもりでしたが、
情けないことに重くて動きません。

やまびこやまさん出動。
ワイヤーも何度か切れて短くなっているので
一発で道端まで出せません。
一旦林内に入って届くところまで曳いておいて
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もう一度道のそばから曳きました。
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これは、帰りに通りかかってバイバイしたところです。

スギ吉

スギ吉のことは
まるで自分のように思っていましたが、もうだいぶ前に
蔓に絡まれて幹に曲がりが出来ていて早めにに切らなきゃ、
という木でした。
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はじめて枝切をして切った跡に「スギ吉」の名前をかいてありましたが
もう読めません。
この日は丁度新月に最も近い休日。
木を伐るときのお日柄はよろしい。
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君が嫌いだったわけじゃないんだ・・・
でも自分の動揺か、スギ吉の恨みか
伐倒方向大失敗。
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やまびこやまさんで引きずって作業道に倒しました。
道に置くと曲がっているのがよくわかります。
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材は黒芯みたいです。大きく育っても
色が良くないのではなあ・・・
自分は色の黒さにはこだわりませんが、
実際お風呂の蓋にした木は黒でしたし。
色が黒いのは遺伝なのか立地なのか。
立地条件だと聞いたような気もしますが
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時間がたつと、こちらは切り株ですが
芯の色が更に真っ黒になりました。
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枝を切り払った跡から
芯が黒かどうか類推ができそうです。
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スギ吉のいなくなったエントランス。
微妙に若々しくなりました.

ひとまわり

ブログを更新するつもりでしたが
もう木曜になってしまいました・・・
でもこれはこの前の日曜日のことです。
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前の週のバタを薪置き場へ運ぼうとして・・・
カミキリムシがいました。
叩きました。この虫がそうかは知りませんが
折れた枝の樹皮の部分に卵を生みつけられると
たまりません、
枝打ちの跡も危ないかも。
とにかく山をひとまわりしましたが、
目に付く場所にはいませんでした。
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前日の雨がうそのようです。
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ヤマザクラはもうなんにもありません。
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けれど借景にしている外山の峰には
ポツポツとヤマザクラの木が見えます。
中腹の杉林の中には赤い若葉の木も見えます。
(写真ではわかりません)
「外山(はずれやま)って名前の意味が
ちょっと「おさびしやま」に似てるな・・・
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ポットのヒメスミレが咲きました。

コバノミツバツツジ

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うちの前にあるコバノミツバツツジ。
ミツバツツジより色が濃くて開花は遅い。
開花の時期が違うのは交配して雑種が出来ないようにするためか。

雄しべが10本。
先週半ばから咲きだした(4月15日頃)

自分が植えたユキヤナギがツツジの場所を
侵食してきた。
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先週の休みには見つけられなかった
第二テラスのコバノミツバツツジも見つかった。
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ヤマツツジは意外と花持ちが良い。3週目。

挿し木から

よく降りました。
土曜日はやる気をなくして寝ていました。
強力な低気圧の通過だったのかもしれません。
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落葉松、馬酔木、梅、そしてキブシの挿し木をしていて
(3月17日カラマツの記事のときに挿し穂を取ったのですが
その記事の写真が差し替わってしまっている・・・修正しないと)
なので挿してから一月経過しました。
この中の何本が生き残るかわかりませんが
これまでみたいに雨水任せじゃなく、
インコに餌をあげるように毎日水やりしています。
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こっちは去年挿し木したマタタビ。
以前牛乳パックをポットにして
根は出たのにうまく育たなかったので
今回は鹿沼土のまま液肥をあげて
一冬越しました。

カラマツの新葉を見ていて思いました。

今育てているいっぽんいっぽんが生きているのなら
それぞれが命を持っている。
木は一本の木としての自意識を持っているんだろうか?

もともと1本の木だったものが分かれて何本かになった。

ああ、簡単だ。
もし自分の細胞からクローンが出来たとしてもそれは別人になるはずだ。

そして多分、体の細胞一つ一つに意識があって
自分というのはその意識の複合体なんだろうな。
だから(やらなきゃ)と思ってもやる気が出なかったりするんだ。
身体のどこかが反発しているんだ。

だから分かれた挿し木はそれぞれが一個体としての意識を持つんじゃないかしら?
では、細胞の中にある遺伝子は意識を持っているんだろうか?

なぜそんなことを考えるかと言うと
これを読んだからです。
ウイルスは生物か、無生物か?
生命科学が解き明かした驚きのウイルス像
中屋敷 均


細胞膜も原形質も持たない、ただ遺伝子とそれを収納するキャプシドという
容器でできているウィルス。純度を高めれば結晶化もするという。
だから天文学者のフレッド・ホイルはウィルスは宇宙にも存在して物質として
宇宙を旅してきたウィルスが地球の生命に影響を与えると説いている。

「完全なる静寂、熱量死・・・
 いいや太子わたしとてこの宇宙の従属物。それがこの世界を無にしてなんとする?」
光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」にこんなセリフがあった(うろ覚えですが)

ウィルスは自己複製能力を持つだけの化学物質、あるいはメカニズムに過ぎないとして
ならばなぜ殺傷能力を高めるような進化をするのか?
生き物が人間に寄生するものであるのなら、宿主を殺してしまったのでは
意味がないーというより、宿主と一緒に死んでしまうだろう。

ある学会のサイトではこんなことがかいてある。

(8)ウイルスは単独では増殖できません。動物の細胞の代謝機構やエネルギー産生機構に頼らなければなりません。動物が死ねばウイルスも増殖できなくなって死んでしまいます。したがって、ウイルスが存続するためには、宿主との共存がもっとも重要です。

でもウィルスは生命と物質の境界線上のもの。
それが死ぬとはどういうことなのだろう?
死ぬと言うより壊れる・分解するという方が正確かもしれません。
(コロナウイルスにはアルコールや石鹸がコロナを包む膜を壊す)
ただ、人間の体外に出たコロナは空中で3日ぐらい生きる、
もしそれが排出物とか水たまりとかで命を永らえて人間以外にも
感染するものならは、コロナは人間と共存する必要はない。

長い目で見ればウィルスも人間と共存するものが生き残るかもしれません
でもそれは人間が滅亡しないでいればの話です。
デビューしたてのウィルスは爆発的に増えることに専念してると思えます。
そう簡単に人間に免疫力ができるものか
それが出来たとすれば人間の防御システムも捨てたもんじゃない。

だが
日本国にはウィルス感染の拡大が予測できなかっただけでなく、
人間の免疫力に期待してか、注意喚起も検疫体制も甘くて
感染を野放しにしてしまった。
オリンピックのためのテロ対策もウィルスには無効だった・・・
相手は自己増殖する毒なんだ。共謀罪で捕まえるわけにいかない。

自意識と書いたのは自分と他者、外界の違いの意識のことです。
生物に心があることと、自分がいま生きていて他とは違うという
意識があることとは別です。自我というか魂というかは誰にでも
あることぐらいわかります。だからといってその主体が自分だ。
ということはどういう仕組みなのか。
書けば書くほど書きたい意味が通じません、
こう書けばわかるでしょうか、仏教的に輪廻転生があったとして
再び自分が生まれ変わってウィルスになる可能性があるのだろうか。

偶然、自分をコピーする能力を持った物質が出来た。
そいつには細胞がないから血も涙もない。脳もないから
記憶なんかあるわけない。「生きよう」という意識もないはず。
なのに生き物のように振る舞って存続しようとする。

生命の本質って一体なんだろうと考えさせられる機会です。
プロフィール

いちしんふたば

Author:いちしんふたば
Iターンで転職も成功!
を夢見たけれど
事は予定どおりに運ばなかった
いちしんふたばの
さて、これからどうする?

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