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吉村昭の平家物語

高校のときの国語の先生で
確か
工業高校出身だけれど
大学で平家物語を読みたくなって
文学部に入ったという人がいて
自分もいつか読んでみたいと思っては
挫折していたので吉村昭による現代語訳ならどうか
と試してみました。

もちろん小学校の図書館に子供向けのがあって
読んだことはあります。そのころ面白かったのは
義経の鵯越とか那須与一が扇の的を射るとか
(源氏のほうが主役なのになんで平家物語なんや?)
と思っていたくらいでした。

いま、自分の人生もこんなもんか。と
先が見えてきたころで、妙に共感を覚えるのが
人生の浮き沈みが描かれた箇所。
最初に祇王の話が出てプライドが粉々にされる話か。
と思うや、
後白河法皇でさえ幽閉されて「入り口が1つだけの
四方を板で囲った三間四方の家に押し込められた」
というのだからすごい落差を見せ付けられる。
なかでも一番自分の身につまされるのは俊寛でした。

反平家だといって俊寛は決してよく書かれてはいません。
平家-悪、源氏-善の二元論で書かれたのではないことに
はじめて気がつきました。
謀反の共謀罪で喜界が島に流された俊寛。

この喜界が島というところがすごいところで
今現在その場所は不明です。注釈によると
硫黄島が適当でないかといわれているそうです。
原住民は色が黒く牛のように毛が生えていて
言葉は通じない・・・
魏志倭人伝に出てくる裸国・黒歯国を連想します。

一緒に流された二人は熊野権現に祈願して都に戻れるのに
生まれつきの不信心であった俊寛だけは許されませんでした。

この二人を許す書状を持った使者は7月末に都を出たけれど
海が荒れたりして旅がはかどらず島に着いたのは9月20日
頃だとあり、旅に3ヶ月近くかかっています。

魏志倭人伝にある
投馬国まで水行20日、女王の都まで水行10日陸行1月
という日程も海が荒れたりすると地図上では近い範囲でも
当時の事情ではありうることだったかもしれません。

一人取り残されるときの俊寛はあまりにも惨めです。

島に産する硫黄を拾っては商人に食料と交換してもらい、
やがで体も衰え漁師から乞食同然に魚を分けてもらう生活。

俊寛に仕えていた有王が訪ねてきたとき
手に持っていた魚を捨てて恥じ入ったのというのは
僧職にあった者が生ものをたべるのをみられたからで
自分だったら自分で魚を捕って自活することもできず
乞食をしている姿を恥じるだろうと思うところです。
都では法王の取り巻で、いい身分でいられた俊寛が
自然の中に放り出されたら乞食をするしかなかった。
スキルもなくして自然の中で生きようとすればそうなる。
(自分も無意味な仕事をしているだけの乞食同然ではないか。)
(でもはだしのゲンはこじきの真似もしたし、鋼材盗みもした。)

だけどこの落差は高貴な身分の人であるほど大きいのです。
惨めな境遇に叩き落されたとき腹を切る人もいれば
出家してお経を読みながら死んでゆく人もあります。
壇ノ浦での入水もそのひとつです。
死ぬときはみんな同じなら、権勢などいらない、
たとえ貧しくても少しでも平穏に、あたたかいものに包まれた気持ちで
最後の時間をすごしたいものです。
平家物語はその多くの人々の「死にざま集」というべきものでしょうか。

いままでと違った目で読めたのはやはり現代語訳のおかげだと思います。

話は変わりますがその高校の先生、室生犀星の「杏っ子」がとても好きだと
いっていました。
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